烏城と呼ばれた甲斐本家蔵座敷
蔵のまち・喜多方を代表するのが、この甲斐本家蔵座敷です。
大正6年に4代目吉五郎が、新潟から棟梁・宇佐美与四郎を招き、ともに各地の名家をみて歩き、そのうえで着工したものです。完成まで7年もかかっています。
外壁はすべて黒漆喰で塗りこめられ、「烏城」の別名を持っています。
座敷内部は、よりすぐりの銘木・節なしのケヤキ、紫檀、黒檀、屋久杉などがつかわれ、たいへんに豪奢な造りです。
東日本大震災前までは喫茶室として営業していた「烏城 西洋室」。
西洋室の前にあるケヤキの大木を削って造られたらせん状の吊り階段。
大きさもさることながら、その立派なたたずないに驚きます。
大きいわけではありませんが、築山のある庭も立派です。
甲斐家の由来
元禄のはじめ、岩代の国、北方(喜多方)近在、吉志田(よししだ)に信州の人、與市がわらじを脱ぎ、付近の開拓にあたったという。
のちに吉志田から熱塩の奥、猿の蔵(現在の三の倉)に居を移し、村のたばね役などに当たる。現在も末裔がその地に住む。
文政5年2月、吉志田の威徳寺が、掲題にある地蔵尊の修復を行ったさい、その礎石に、この甲斐家の先祖、與市の名が寄進者としてあったという。
幕末に至り、初代 甲斐吉五郎は喜多方に住み、神職から酒造業に転ずる。以下、甲斐家の当主は、代々、吉五郎を襲名する。
初代吉五郎は、嘉永7年没。
明治の初年は、ひきつづき酒造業に従事し、名を「東郷」と伝える。
三代目は麹つくりに巧みで、どぶろく用の麹をつくり、大いに繁昌した。
また、なかなか経営の才があり、文明開化の機運をみて、製糸工場を興す。開港なった横浜と盛んに取引して、家運を盛大にみちびいた。
父の財をついで、家作、小作田の管理や、株の売買にあたる一方、子孫の徒食することを戒め、味噌、醤油の醸造をはじめる。
<フンドウカヒ>(分銅甲斐)の商号を用いる。当時すでに製糸工場と酒造業は廃していた。
まちの発展にも関心が深く、喜多方中学(現在県立高校)の誘致や、郵便局の誘致などに、進んで私財を投じたという。
また、生来普請を好み、男子一生の夢を、豪壮な蔵座敷と母屋の建築にかけた。
設計にあたっては、新潟から棟梁 宇佐美与四郎を招き、ともに京都から北海道までを旅して、名家を見学した。
大正6年、工事に着手。
大正12年、足掛け7年の歳月を費やして、蔵座敷・店蔵と、母屋・庭園が完成する。
当時、この家に住む人は、四代目夫婦と、男五人、女一人の子供、五代目夫婦と子供二人、番頭一人、蔵男三人、女中三人ほどであった。
蔵座敷「烏城」の覚え
烏城の名は、蔵の外壁にすべて黒漆喰を塗り重ねているところから、同じく黒塗りの岡山烏城にちなみ、朝日新聞福島支社の記者が名付けたものである。
黒漆喰とは、漆喰に松の油煙などを混入したもので、白漆喰に比べ、格段に高価。
工事は全体の基礎固めに始まり、土台作りと築山に、連日100人ほど人夫が一年近くかかったという。
工事は棟梁のもと、6人~7人の大工が連日あたり、石材もまた筑波から原石を運んできて、親方が2~3人の弟子と泊まり込んで、切り出し、敷詰めを行った。
甲斐家では、当時、湯茶の接待に人手が足りず、毎日十銭札一枚をお茶代として手渡した。そのため「お札を刷っているのでは」との噂があったという。
蔵が外側だけできたところで、従来の母屋を壊して仮屋敷に一家が移り、母屋を建て、最後に蔵の内部を造作するという手順で進められた。
座敷は上段の間(21畳)、下段の間(18畳)、畳廊下(12畳)、総計51畳からなり、それぞれ、本床、脇床、上段の間には書院を配す。4尺幅の廊下、大理石の浴室、手洗い。2階は家財を収める家財蔵をなす。
建材はヒノキ(檜)の無節を用いた総檜造りで、廊下にはケヤキ(欅)の二寸厚さ4尺幅を敷きつめる。
ヒノキの堅さでは、唐紙・障子(いずれも紫檀の縁)の重量を支え切れず、敷居に樫の木を埋め込むことによって、総檜を守り通している。
建築にかかった費用については、すべて四代吉五郎が差配し、詳細はつまびらかでない。
当時の金にして15万円とも30万円ともいわれているが、あくまでも憶測の域を出ない。
30万円は、米俵一俵が当時10円として、5億1500万円にあたる。
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